高知に行ってきました!

20130516-181520.jpg日本の製紙のふるさとのひとつ。高知の いの町に久しぶりに行ってきました。 今回の目的は、スマファイの新たな素材を探すことと、私たちの修復の材料や原料を作って頂いている方々へのご挨拶と情報交換をさせて頂くことでした。 桂浜の龍馬像が眩しく輝くくらいの良い天候に恵まれました。

 

 

20130516-181643.jpg日本一水質がきれいと言われている仁淀川。あまり手を入れられていない川岸を見ると心が落ち着き、川を渡る風も柔らかく感じられます。

高知の紙は、この川の水の恵みが基礎となって優れた品質を保持しています。

 

 

 

DVC00054 これが和紙の原料となる楮です。文化庁修理技術伝統技術保持者の江渕栄貫さんのお家の畑で栽培されている赤楮です。典具帳紙の原料で有名な楮の種類ですが、質の高い紙を漉くことができますが収量で劣るため、次第に異なる種類に取って代わられてしまったそうです。

 

 

 

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畑を眺める江渕さん(右)

表具用手漉和紙製作で技術を有する江渕さんですが、「原料を栽培するところから始めて、漉くまでの工程を自分でやってみると、たくさんのことが見えてくる。とっても大変だが。へぐる(楮や三椏の表皮を削って、白皮にする)作業一つとっても、一日作業して1000円のような手間賃では農家もかわいそう。大昔は農閑期の作業だったけど、今の時代では、このまま続けることが出来ない」と言ってました。

 

 

 

DVC00096 今回の目的のひとつ。日本製紙パピリア株式会社高知工場への訪問です。

古き良き昭和の面影を持つ格式高い事務棟は、勢いのあった時の土佐の紙産業の活気溢れる様子を思い起こさせます。画像は工場長の原啓志さん(右)。リーフキャスティングの原料の事でもたくさんのアドバイスを頂いているかたです。(あふれんばかりの紙に対する知識の多さに、勝手ながら「紙のマエストロ」と呼ばせて頂いております) 今回の高知訪問では、恐縮ながらたくさんのお心遣いを頂きました。

20130516-181700.jpg 高知と言ったら忘れてはいけない「高知県立紙産業技術センター」

このセンターなくしてTRCCのリーフキャスティングの技術の根幹を語ることはできません。今回の訪問でも関所長や有吉研究員には多くのアドバイスを頂くことができました。ありがとうございました。

 

 

今まであったのだから和紙はいつまでもある、なんて甘えて見て見ぬふりをしていると、このまま静かに消滅してしまう、という当たり前のことを気づかされました。「技術は継承できるかもしれないが、技能を継承させることは容易ではない」技術センターの関所長の言葉ですが、確かにその通りで、このままで行けば、そう遠くない未来には、現在のクオリティを保つことは出来なくなり、きっと世の中、和紙風のものばかりになって、伝統的な技法の和紙は手に入らなくなってしまうのでしょう。私たち修復の現場の人間だけの問題ではなく、もっと広い範囲、そう、世界的な問題であると言っても過言ではないと思います。 できることは何だろうか、なにかないだろうかと自問しています。

2 comments

  1. 大藤謙二 says:

    高知県いの町出身ですが、伊野を出て50以上が経ち、「へぐ(楮やミツマタの皮を蒸したあと、
    皮の表皮を金属のヘラで(こそぎ)取る作業)」という言葉を忘れていました。いの町(町村合併後の
    町名)には、紙の博物館、紙の工芸館などがありますが、手漉きの紙工場は、ほとんど残っていないのではないでしょうか。手漉きの紙を立ち板(?)に貼り付けて天日干ししていた光景を思い出します。

    • 児島 聡 says:

      コメントありがとうございます。昔の光景も原風景となっているのですね。今となっては貴重な、すばらしい思い出だと思います。
      修復家にとって、いの町の和紙はとっても重要な位置にあります。手漉きの職人さんは減っているでしょうが、機械漉きの工場は、まだまだ健在です。「スパイダーティッシュ」という海外では呼ばれている薄手の機械漉き和紙も、世界中で修復家に重宝されています。私たちも、インドネシアやベトナム、ミャンマー、オランダ、デンマークなどにも、素性のしっかりした修復用の和紙を販売しています。
      里帰りされたときにでも、訪ねてみて、応援してあげて下さい!

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