AIC大会:参加者の投稿から

安田さんがレポートしているAIC大会ですが、(そのレポート内でも紹介されていますが)AICの「All Posts」に彼らの発表を聴講した人からの投稿を、児島からも紹介します。

44th Annual Meeting – Saving and Preserving Family and Local History from Natural Disasters: Addressing Challenges from the Recent Earthquakes in Japan

私は英語が不得意なので、インターネットの翻訳ソフトを使いながら訳しながら読んだのですが、その文面からも、とっても興味深く聴講してもらっていることが伝わってきます。せっかくですので、恥かきを承知で、私が訳した文を参考までに載せさせて頂きます。以下が訳文となります。(意訳・直訳、混在しております。悪しからず。おかしな部分は原文-上記青字の題名をクリック-におあたりください。)

《 2011年に起きた日本の津波への対応に関して発表しているこのパネルは、天野真志、日沖和子、石丸(安田)智子と吉原大志がプレゼンターでした。天野氏と吉原氏は両人とも歴史研究者です。そして、安田さんは東京にある民間企業のコンサバターです。日沖さんはアメリカ合衆国のコンサバターで、質疑応答セッションの間の彼女の優れた翻訳には心から感謝しています。

プレゼンテーションの内容は、北アメリカの聴衆に対して、驚くべき、いくつかの面白い文化的な「違い」を明るみに出すものでした。大多数の公的な記録資料(吉原氏によると、数は90%に上るかもしれないと)は、公的または政府機関よりはむしろ、個人所蔵で保管されているというのです。このことは、ひとたび災害が起きれば、誰が所有者であるのか、どんな記録が巻き込まれたか、または、それらの記録がどこにあるか知ることが、しばしば困難になることを意味します。よく史跡において、まさしく歴史的または現代の記録資料が屋根裏やコミュニティ・センターで発見されます。これは、税資料、戸籍と法的文書を含むものです。

日本における自然災害の傾向は、もう一つの重要な「違い」を引き起こします。あまりリスクを取らない日本の保険会社には、自然災害向けのサービスを提供することは到底できません。これは公的機関や個人所有のコレクションは、修復業者に費用を払うことについて保険を適用させることができない、ということです。だから日本では、復興支援のできる修復業者が非常に少ないのです。日本の個人や公的機関では、ひとたび自然災害に見舞われれば、われわれの住む北アメリカで受けることができる同じ緊急災害対応サービスには頼ることができない、というのが結論です。

プレゼンターから2011年の津波後の災害復興を支援している彼らの仕事についての話がありました。プレゼンテーションの大部分は、史料ネットの活動に焦点が当てられていました。(津波に対応した宮城の事例では英語表記のブログがあります)
史料ネットとは、特に保護問題を扱うために災害に応える歴史家とボランティアの草の根の組織であり、例えば、可能な場合はいつでも、記録史料の所在調査を行ったり、救出して保全処置を行います。史料ネットは、1995年の阪神-淡路大震災の後にできて、日本の全域で、24の地域に連携が広がりました。

当初から史料ネットは、記録資料の90%といわれる、いまだ図書館と文書館に所蔵されていない史料の保全に注力しました。その活動は、すべてメンバーシップ会費と寄付によって資金を供給されています。史料ネットは、2004年の兵庫県での洪水において初めて本格的なコンサベーションを行いました。この災害の間、彼らは、ボランティアに教えられることのできる簡単な応急手当処置を行う上で、コンサバターと働くことができ、そして、彼らが遭遇した困難がワークショップ開催を促進させ、コンサベーションができるボランティアのためのボランティア・トレーニングのセンターとなりました。もう一つの洪水が2009年に兵庫で起きたときは、対応がより迅速に、そして、文書へのケアのレベルはより良いものになりました。今や、史料ネットは経験豊かな組織であり、災害対応はもちろん、リーダーシップ・トレーニングとボランティア教育を目指しています。

プレゼンターによる講演の、第2のおもな焦点は、2011年の地震と津波に対する史料ネットの対応に関したものでした。被災地域での活動では明らかな難しさが存在し、それは、大勢のノンプロの力をもって活動することの難しさでした。復興の過程の上に、史料ネットは、5,000人のボランティアと活動しており、そのような絶えず変わる人員を供給し、管理し、またトレーニングするための技術を開発しなければなりませんでした。災害のスケールと範囲が広く、救出作業は災害の3年後でも進行中の状態でした。津波が起きてから、史料ネットは70,000点以上の資料を救い、そして、少なくとも50,000点が処置をいまだに待っている状態です。

プレゼンテーションは情報に富み、魅力的なものでした。異なる国において直面した異なる挑戦と、それらの挑戦が対応・克服された方法について聞くことができて面白かったです。彼らの話題についてわたしがこのポストを作成することに対して、もう一度プレゼンターに感謝をしたいです。》

以上が投稿の訳文です。日本はコンサベーションでは随分と理解と存在が進んでいない国なので、欧米のコンサバターからみると、驚きの事実が多々あるようです。「民間にこんなにもたくさんの記録資料が点在しているんだね」「こんなに災害が多い国なのに、保険が適用できないなんて」「ボランティアでこの事態に対応しようなんて、チャレンジだよ。ほんとびっくり」
発表したプレゼンターの伝えたいことが、直球で伝わったようで、4人の努力が報われたのでは、と感じます。 4人には2年後の大会でも後日譚、もしくはさらなる発展を報告する野望があるようなので、楽しみです。

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